1人でも2人、2人でも1人で生きるつもり

みなさんこんにちは。今日もまた、河合隼雄先生の「こころの処方箋」の一部を紹介したいと思います。

河合隼雄先生については、前回の記事「男女は協力し合えても、理解し合うことは難しい」で紹介しました。

今日ご紹介するのは、同じ本の中の、「1人でも2人、2人でも1人で生きるつもり」という部分です。

平均寿命が延びると、それだけ老後をどう暮らすか、ということが課題になってきます。

この本に書いてあることは、このテーマの参考になると思うので、本の中から内容を一部抜粋します。以下が抜粋です。

子供がいないので老後のことを心配しておられる方がある。ところが、一方では子供はいるのだが、親を老人ホームに入れてしまって、面会にもやってこない。

子供のほうは、自分の家族や友人たちと楽しく暮らしている。そんなのを聞くと腹が立ってくる。

こんなことなら「いっそのこと、子供などいないほうがよかった」「なまじ子供がおるので、腹が立つことが多い」ということになる。

夫婦の間でもそうである。夫婦でも年を取ってから相手がいてくれてよかった、と思っている人と、「この相手さえいなかったら。。。」と思っている人とある。

このような夫婦で、片方が亡くなられ、残されたほうはそれ以後、元気で楽しく。。。。と思っていたら、その方も相次いで亡くなられる例が割にある。

「いないほうがいい」と思っている相手に、実のところは無意識に依存していることが大きかったのである。

前に「文句を言っているうちが華である」と述べたが、夫婦の場合もそうであることが多い。

1人でも落ち着いて、楽しく過ごしている人もいる。

1人で楽しく生きている人は、心の中に何らかのパートナーを持っているはずである。もちろん、そのパートナーは人によって異なる。

「もう一人の私」と表現されるかもしれない。ともかく「話し相手」がいるのである。

1人でも2人であることを、少し面白くするために、ぬいぐるみなどに名前をつけて、一緒に住んでいる人もいる。

帰宅した時にも、「今帰ったよ」とか「今日はこんなことがあってね」とか話しかけるのである。

うまくいくと、ぬいぐるみの方からも、色々面白いことをしゃべってくれるはずである。

2人で生きている人は、1人でも生きられる強さを前提として、2人で生きていくことが必要である。

無意識的よりかかりや、だきこみが強くなりすぎると、お互いの自由をあまりにも奪ってしまい、たまらなくなってくるのである。

以上が抜粋です。

私はドイツで長い間1人で暮らしています。パートナーと一緒に暮らした時期もありましたが、今では、パートナーとは別に暮らすことにしています。私には、別居婚、あるいは週末婚があうからです。

パートナーがいない時期もありました。そんな時、この本に出合いました。

この本は、当時の私をとても勇気づけてくれました。

パートナーがいなくても、1人で暮らしていても、楽しく暮らせる方法を考えました。

ぬいぐるみに名前をつけて、話しをする方法も取り入れました。これは大成功でした。

猫や犬などのペットを飼うこともいいと思います。

それから、家庭菜園も始めました。バルコニーでトマトやハーブを育てたり、花を育てたり。

毎日の成長が楽しくて、まるで自分の子供を育てている気持ちになります。

こうやって、1人でも楽しく暮らせる人は、誰かと出会って付き合うことになっても、相手に依存しすぎないで、1人の暮らしと、2人の暮らしの両方を楽しむことができると思います。

今は2人で暮らしていても、いつか1人になる時がきます。

その時になって慌てないように、今のうちから、自分に合う1人で楽しく暮らせる方法を見つけておくと安心だと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

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